荘川孫七郎桜


和倉温泉湯っ足りパーク前に「荘川孫七郎桜」が植樹されています。

 

 


※荘川孫七郎桜とは(荘川孫七郎桜に添えて(要約より))

荘川孫七郎桜は岐阜県旧・荘川村にあった「荘川桜」の種から育てた7番目の桜の苗木で「荘川七郎桜」と命名され、石川県輪島市に植樹されていた荘川七郎桜の種から育てた桜です。(荘川桜の孫になります)

荘川桜は岐阜県旧・荘川村などの御母衣ダム建設に伴い、1960年、水没地外に移植された樹齢約500年の2本のアズマヒガンザクラです。

金沢―名古屋間の旧国鉄バス車掌だった佐藤良二氏は、移植後も咲き続ける荘川桜に感動し、77年に47歳で病死するまで、「太平洋と日本海を桜で結ぶ」という思いで、約2000本の桜を国道沿いに植え続けた。

荘川七郎は、荘川桜の種から育てた7番目の苗で、輪島市で小学校長を務めた平松幹雄氏が、偶然知り合った佐藤さんの活動に共感し、76年に直接譲り受けた。翌年、輪島市役所に植えると、86年から花が咲き始め、91年に県輪島漆芸美術館前に移植された後も高さ6メートルほどに成長し、枝ぶりを広げている。

良二氏が育てた実生樹は一郎、二郎、三郎と順に名付けたれ、76年秋、地元郡上八幡にその1号の植樹式を行った後、心ある人々に託されて定植の地を求めて各地に運ばれて行ったが、病中の身を自覚していた良二の分譲実施が早すぎたせいか、定植地の多くが深雪地帯であった為か、現在、生在が確かめられる物はほんの2,3本しか無いと言われている。

7年間の努力で芽生えた「荘川七郎」に託され、能登入りし一冬を室内で保護育成され 翌77年7月、輪島市役所内記念樹コーナーに定植された。

以後、石川県森林業技術センター在職中だった松枝章 樹木医の指導と輪島市役所、後には石川県輪島漆芸美術館の関係者(輪島荘川孫七郎の中核となる)の愛育に守られて、何回かの危機を乗り越えて今日に至った。

「荘川孫七郎」はその七郎の実生樹として平成8年春誕生、七郎を護る会の手で育てられ、良二氏の後継者実姉 尾藤てる氏によって「荘川孫七郎」と命名された。良二氏の生命を受けた正統荘川桜である。

今も和倉の桜を愛する温かい人達に守られる「和倉桜公園」に新しい安住の地を得た荘川孫七郎は、良二氏の抱いた大志「太平洋と日本海を桜でつなごう」の一環として仲間入りし、和倉温泉と共に400年以上の寿命といやさか、お約束して荘川孫七郎の辞といたします。

平成16年10月吉日

輪島市荘川七郎を護る会々長 平松幹雄

 

【補足】
当時は「和倉桜公園」に植樹しましたが、現在は「和倉温泉湯っ足りパーク前」に移植しております。

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